太陽は空高く、見上げれば真上に位置していた。
任務の合間に、街をぶらぶらと歩いていたら、特に何も意識はしていなかったのに目の端に止まったもの。
小さな、シンプルな指輪。
特に、自分がほしいと思ったわけではないのだが、足は勝手にそちらへふらふらと進んでいた。
ガラス越しにみるそれは、それでも、小さいなりに存在を主張していた。
まるで、それに意思があって、「買って?」と頼まれているのかというくらい、ラビはそれに惹かれていた。
ふと、意識せずに思い浮かべたのは、目の前のガラス越しにある指輪をはめた、褐色のきれいな指。
そして、それを見て嬉しそうに笑う、その指の持ち主。
その人物を無意識に思い出してしまった自分を否定するように、ラビはふるふる、と頭を振る。
なんでティキの顔なんか!
無意識に思い出してしまった、なんともいえない照れくささをごまかすように、ラビは心の中で自分を叱咤した。
そして、もう一度ちらり、と指輪を見る。
やはり、どうしても気になった。
買っちゃおうかな・・・そう思ったとき、彼は今日の日付を思い出す。

あれ、今日って・・・2月14日?
うわー!バレンタインさ!

心の中で、慌てふためき百面相。
実際は、ただただガラス越しの指輪を眺めていた。


「あー・・・・・・あ。」


大きな、大きな溜息とともに。
ラビは肩を落とし、そして、歩き出したその足は、指輪を飾っていた店内に向かっていた。














夜になって。

ラビは、昼間に見つけ、じっと見ていた指輪を持って、ベッドに仰向けに寝そべっていた。
光にかざすように、人差し指と親指で指輪をつまみ、角度を変えてじっと見つめる。

「あーあ。なんで気づいちゃったんさ。」

今日という日のイベントに。

気付かなければ、おそらくティキにこれを買うこともなかっただろう。
なんだか、悔しかった。

今思えば、最初にこの指輪が目に止まったのは、

ああ、ティキに似合いそうだな、

そう思ったからであり、何気ない時にまで彼のことを考えている自分にラビは悔しくなった。
だからこそ、すぐに指輪を買うのをためらい、ずっと見つめていたのだが。

今日という日のイベントに、意味に。
気付いてしまったからには、もう買うしかない気がした。

だって、指輪を渡す口実が出来てしまった。

本当は、バレンタインだから買ったのではないのだから、口実に頼るのはむしろ嫌なのだけれど。
だけど、口実無しにいきなり贈り物をするのもなんだかかなり照れくさい。
だから、バレンタイン、という恋人のためにあるようなイベントに、甘えようと思う。

おそらく、ティキはもうすぐ来るだろう。
任務先も伝えていないし、別に会う約束をしていたわけでもない。
だけど、これは確信めいた予測。

眺めていた指輪を、手のひらに握り締めて、ぱた、とベッドにおろす。

それとほぼ同時に、珍しく扉から。
それも、ちゃんとドアノブをひねってあけて。
ティキはラビの部屋に現れた。


「やっぱ来たさ・・・」

「え、何。来ちゃだめだった?」

「・・・別に。」

そういうラビは、仰向けのまま。
顔だけをティキのほうへ少しだけ向けて。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ティキ。」

たっぷりの沈黙の後、小さく、それでもはっきりと、ラビはティキの名前を呼んだ。

「ん?」

呼ばれた声に、ラビに近づこうと進む足。

ヒュッ・・・と。

何かが風を切る音がした。

自らに飛んできたその小さなものを、ティキは反射的に受け取った。

パシ、

小さく音を立ててティキの手のひらに収まったそれは、先ほどまではラビの手のひらに握られていたもの。

自分に投げられたそれをみて、ティキは目を見開いた。

「・・・ラビ?これって・・・」

空気が変わった。
一気に、ティキが幸せオーラを放ち始めた。
それに気付いたラビは、照れくささを隠すため、シーツをかぶって、ティキとは逆の方向へ寝返りを打つ。

「あげる」

シーツの中から、くぐもった声で小さく。
さっきの名前を呼んだのとは違う、聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で。
ラビは小さく呟いた。

聞こえるか聞こえないかの瀬戸際だったはずのラビの声は、それでもティキにはしっかり届いたらしい。

おそらくは、指輪を眺めていたときにラビが浮かべていたティキの笑顔の、それより更に幸せそうな、嬉しそうな。
満面の笑顔でティキは礼を言う。

「ラビ、ありがとう。すっげぇ嬉しい」

ラビの寝るベッドの端に腰掛けて。
顔を隠すように被ったシーツの、それでも見えている真っ赤な耳を目に留めて。
ティキは、いっそう笑みを深くした。

ゆっくりと、シーツをめくれば、現れたのは、予想通りの顔を真っ赤にしたラビの横顔で。

「ラビ、似合う?」

早速指にはめた指輪を見せれば、

「俺が選んだんだから似合わないわけないさ」

そんな声が返って来る。

それに、よりいっそうの愛しさを感じたティキは、ゆっくりとラビの真っ赤な耳に口づけを一つ。



「Thanks Lavi.」




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バレンタインはあまり関係ないけどバレンタイン小説だと言い張るバレンタインフリー小説。

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